GAINAXアニメ講義第1回 「上手・下手、イマジナリーライン」|講師:鶴巻和哉
映像制作において「シーンを制作する設計図」ともいえる絵コンテ。
講義の第1回目は、この絵コンテを制作するにあたっての経験則に基づいたルール、用法について「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」監督・鶴巻和哉氏に語っていただきました。 ※この講義は2008年にガイナックスにて、アニメスタッフに向けて行われたものです。
とりあえず、始める前に一つ。僕は正式な絵コンテの描き方というものを習ったこともないし、入門書で勉強したこともないんです。完全に、見よう見まねだけなんですね。なので、映画学校などで教えていることとは、ずれていることもあると思います。ひょっとしたら、完全に間違っていることもあるかもしれません。まあ、それくらいのものだと、理解した上で聞いてください。
絵コンテの描き方といっても、最小限のルールがあるくらいで、後は自由です。
同じ脚本から絵コンテを起こしても、今石君(注1)、大塚さん(注2)、庵野さん(注3)では、全く違うものが出来るはずです。僕自身が描いたとしても、今日描いたものと、1週間後に描いたものでは違うコンテになってしまうでしょう。そんな感じで、正解があるわけではない。
ただし、「面白いコンテと面白くないコンテ」というものはあって、面白くない場合、監督が全部直すことだってありうるわけです。その場合、修正される前のコンテは、結果が出ないまま「ダメ」の烙印を押されてしまうわけで、それを描いた人にとって簡単に納得のいくことではないと思います。
こういったことは、脚本や原画と同じで、監督との相性に大きく左右されます。ある作品ではダメでも、別の作品では絶賛されることもある。そういうこともあって、絵コンテは初めての人に対して「じゃあやってみて」と簡単に任せることは難しいんです。30分もののテレビシリーズ1話分の絵コンテは完成まで4週くらいかかるでしょうか? そうすると、もしそれが使えなかったときは大変なリスクを抱えてしまう。原画を10カット任せてみるのとでは、かなり違います。
それでは、絵コンテの基本的なルールから始めたいと思います。
僕は実質、2つのルールしかないと思っています。
1)上手(かみて)と下手(しもて)
2)イマジナリーライン
この2つさえクリアしていれば、面白いか面白くないかは別として、ルール上は問題ないと思います。
1:上手(かみて)・下手(しもて)
もともとは、演劇やステージのルールだったものだと思います。
観客席から見て、右側が上手。左側が下手。
演じる人が入ってくるのは上手側から、退場するときは下手側へ。映像も一緒で、画面の右側が上手、左側が下手。誰かがインしてくるときは上手からになります。アウトしていくときは下手へ。
上手から入ってくるという事は、キャラクターは左向きで芝居をするという事です。キャラが能動的に動いて何かをしているときは、たいてい上手から下手に向かって行動しています。
一番わかりやすい例は、『宇宙戦艦ヤマト』(注4)でしょうか。
『宇宙戦艦ヤマト』は、地球を救うために宇宙のはるか彼方にあるイスカンダル星に向かうわけですが、その航行中ヤマトは、ほぼ上手から下手に進んでいます。カットによって多少違うカットがあるかもしれませんが、基本的にそうなっています。遠ざかっていく時も、右手前から大きく入って左奥に向かって遠ざかっていく。当然、乗組員がヤマトの進路方向を見ている場合は、ヤマト本体と同様に、左向き、下手側を見ていることになります。全26話の大半を使って、イスカンダルへ向かう旅を描いているので、僕の印象に残っているヤマトは、必ず左向きです。皆さんが見たことのあるヤマトの絵も、おそらく左向きなのではないでしょうか? 面白いのは、地球に戻ってくる最終話だけは、下手から上手に向かっているところ。帰りは逆向きなんですね。
また、進む方向という意味だけでなく、アクションの向きでも上手下手を使います。なにかアクションを行なう場合、上手側から下手側に向かって行ないます。『巨人の星』(注5)だと、星飛雄馬がマウンドからボールを投げるシーン。上手に飛雄馬がいて、下手側に花形や左門といったライバルたちがいます。これはつまり「花形や左門が大リーグボールを打てるか?!」という物語ではなく、「主人公の星飛雄馬がライバルを討ち取る」物語ですから、上手から下手へ対してのアクションになります。野球中継でセンター方向からバッテリーと打者を映す絵では、わずかに逆向きになっています。おそらく理由は右投げのピッチャーが多いからではないか?と思っていますが、良くわかりません。ただし、野球中継は「物語」ではなく「演出」でもないので、「上手下手」に縛られる必要はないのだと思います。
『新世紀エヴァンゲリオン』(注6)の第1話で、冒頭、使徒が攻めてくる場面では、使徒は上手から下手に向かって移動します。ところが、終盤、初号機が使徒を迎え撃つ場面では、下手に使徒がいて、上手にエヴァがいる。アクションの主体が誰なのか? その主体のアクションは、上手から下手に向かうのが基本と考えていいと思います。
最初に言った通り、「上手下手」は古い演劇のルールです。最近では、こんなことを意識していない演劇もたくさんあるでしょうし、なにより、テレビや映画なのですから、このルールに縛られる必要はないのかもしれません。しかし、このルールから外れた作劇を見ると違和感を感じてしまいます。なので、僕は支障がない限り、このルールに従って作るようにしています。ここから逸脱する場合は意識的にやってください。分かった上で、それを演出するなら構いません。上手下手を自由気ままに使い分けるのはやめた方がいいと思っています。
2:イマジナリーライン
例えば、AとBという人がいる場合、イマジナリーラインは俯瞰で見たときに、2人を結んだ線上に発生しています。
このとき、カメラは2人の間のイマジナリーラインの手前側から撮っているとします。
イマジナリーラインのルールは、カメラがそのラインを越えて向こう側に行ってはいけない、というものです。
難しく思えますが、最初にAとBがいて、Aが向かって右、Bが向かって左にレイアウトされたときに、そのシーンの中では基本的にはAは常に画面の右側に、Bは画面の左側にいる。BなめAのときでも、そうなります。
だめな例として、2人が向き合っている状態があって、次のカットで画面左前のAをなめてBが右奥にいるとする。こうなると、カメラはイマジナリーラインを越えて向こうへ廻っています。すると、人物の配置が混乱してしまい、直感的なキャラの区別がむずかしくなります。このAとBがそれぞれ髪の赤い人と青い人である場合、「髪の青い人が喋ってたからキャラの区別はつく」と思うかもしれません。ですが、これが意外と馬鹿にならなくてアニメのようにキャラクターの色がハッキリしたものでも、見てると混乱して辛くなってくるんです。もしAなめBという構図を作りたいのであれば、Aを画面右前、Bを左奥にすればいい。こうすれば、カメラはイマジナリーラインを越えていないわけです。次のカットでBの正面アップを描くとしても、真正面から描くのではなく、気持ち画面右に向けて視線が抜けるように描く。そうするだけでつながりがよくなります。
例えば『ウルトラマン』(注7)の場合、大抵ウルトラマンは上手側にいて、怪獣が下手側にいる。『ウルトラマン』のようにアクションがあると、当然ウルトラマンと怪獣の位置が入れ替わったりします。そうなると、下手側にウルトラマンがいて上手側に怪獣がいる絵が出来るわけですが、その入れ替わりのアクションを描けば、次のカットからは逆の位置になっていいわけです。つまり、ウルトラマンは絶対右側にいなければいけないというわけじゃない。入れ替わったという情報さえ伝われば、ウルトラマンが左側で怪獣が右側になる。でも、カメラはあくまで反対側に行ってはいけない。キャラ同士が入れ替わってもなお、イマジナリーラインはここにあるわけです。
どうしても越境したい場合は、混乱を招かないようにしなくてはなりません。
インサート的に、直接関係のないカットを入れて、つながりの違和感を少なくするようなことも必要でしょう。かといって、こういうことを何度も繰り返していれば、混乱は必至です。僕の場合、とりあえず、イマジナリーラインの越境は考えません。その過程で、どうしても…となったとき、初めて考えることにしています。ちょっと極端すぎるのかもしれませんが。
基本的にルールとはこの2つだけです。
ただし、ここから先はどうやって面白く、そして効率よくしていくかという課題があります。
第2回に続く!!
(注1)今石洋之/アニメーター、アニメ演出家。「天元突破グレンラガン」監督 他
(注2)大塚雅彦/アニメ演出家。「ぷちぷり*ユーシィ」監督 他
(注3)庵野秀明/アニメーター、アニメ演出家。「新世紀エヴァンゲリオン」監督 他
(注4)宇宙戦艦ヤマト/テレビアニメーション。1974年~1975年放送。
(注5)巨人の星/テレビアニメーション。1968年~1971年放送。
(注6)新世紀エヴァンゲリオン/テレビアニメーション。1995年~1996年放送。
(注7)ウルトラマン/特撮テレビ番組。1966年~1967年放送。
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