00:00昔、島根は松江の近くに広瀬という町がありました。
00:17そこを流れる戸田川に沿って少し山に入ったところに、
00:23ふべという小さな村があり、そこに聖兵衛さんというおじいさんが住んでおりました。
00:32この聖兵衛さん、年はもう60は過ぎているというのに大層元気者でした。
00:44背が出るの?
00:46こりゃ、聖兵衛爺さんちょっくらこれ見てくれよ。
00:50この間作ってもらったおやつなんじゃが、もうこの通りなんじゃ。
00:57こりゃ、ひでえ掛け方じゃ。
01:00なんとかもっと強いクワができんもんかのう。
01:04わしもいろいろと工夫してやってみるんじゃが、なかなかのう。
01:09聖兵衛爺さん、おらのクワもちょっくら見てくれよ。
01:13ああ、このクワもひどい掛け方をしとる。
01:18ここの土地は他と比べて特別固いでよ。
01:23じいさんを責めるわけじゃねえんじゃが、これじゃ野良仕事もできねえとみんな困っとるんじゃ。
01:29聖兵衛爺さん、あんただけが頼りでよ。よろしく頼むよ。
01:34ああ、もうちょっとしんぼうしてくれや。
01:38なんとかがんばってみるで。
01:40この聖兵衛爺さんの仕事というのは鍛冶屋さんで、ここから少し山の中へ入ったメイダニという椿の古木が生い茂る椿原の近くで炭を焼き、
01:55この辺りで採れる砂鉄を使って野良仕事に必要なスキやクワやカマなどを作っておるのでした。
02:05この辺りの土は固い上に石などを混じっとるで、普通の固さのスキやクワじゃとてもダメじゃ。
02:28もっともっと焼きの入った固いものを作らねえとな。
02:35あ、ダメじゃ。もっと火の勢いが強い炭を焼かなきゃでや。
02:53とても今の炭じゃ火の力が弱くて道具に焼きが入らねえ。
03:00聖兵衛爺さんは毎日懲りずにがんばりました。
03:04菓子、奈良、松といろいろな木を切って焼いてみました。
03:12でもどの木で焼いた炭も火の勢いが弱く、固くて壊れない野良仕事の道具はなかなかできませんでした。
03:22何とかして固いスキやクワを作らねば、村の衆に申し訳が立たね。
03:33そんな、ある夜のことでした。
03:47お、お、お、お、お、お、お、おめえいったいだれじゃ?
04:05この辺りじゃ見かけねえ小僧だが、どこの子じゃ?
04:13なんとも不思議なことでした。
04:30この辺りでは見かけない小僧さんが、ふとどこからか現れ、大きな木の枝を置いたかと思うと、
04:38また夜の闇の中へ消えてしまったのです。
04:43しかもそんなことが、次の晩もその次の晩も続いたのです。
04:50不思議な小僧さんの運んでくる大きな木の枝は、みるみる増えていきました。
04:58そうしたある晩のこと。
05:00いつもならただニコニコとしているだけで、一言も口を聞かなかった小僧さんが、初めて口を開いたのでした。
05:16じいさん、この木は椿の枝じゃ。
05:20椿の?
05:21この木で炭を作るといいよ。
05:25そうすれば固くて、火の勢いの強い炭ができるよ。
05:31固くて、火の勢いの強い炭が焼けるんじゃと?
05:36小僧、それは本当か?
05:38うん。
05:44あ、あ、小僧。
05:46ちょっと待て、小僧。
05:48不思議な小僧さんの後を追った聖兵衛さんでしたが、小僧さんの姿はもうどこにもありませんでした。
06:07不思議な小僧さんの言葉に従って、聖兵衛さんは早速椿の木を焼きました。
06:14そうして焼き始めてから三日目、聖兵衛さんは機体に胸膨らませて、窯の蓋を開けました。
06:26小僧さんの言うた通りじゃ、こんな固くて強い炭、今までごらん焼いたことがねえ。
06:47喜んだ聖兵衛爺さんは、早速その椿の炭を使って、クワを打つことにしました。
06:55カタラを踏むと火はゴーゴーと、まるで怒りくるったように燃え、瞬く間に鉄を真っ赤に焼き上げました。
07:08できた。ついにできたぞ。
07:20このクワならどんな固い土でも大丈夫じゃ。
07:26これもあの小僧のおかげじゃ。
07:45一体どこの小僧なんじゃろう。
07:54ん?椿といえば?
07:58何を思ったのか、聖兵衛さん。
08:01立ち上がると隣にあるこの辺りの人が、椿原と呼ぶ椿の小木の生い茂る中へ、スタスタと入って行きました。
08:12ああっ!
08:15それはなんとも不思議な眺めでした。
08:19八本の椿の小木が立ち並ぶ中、一番古くて大きな小木の枝という枝が、スパッ、スパッと刃物で切られたようになくなっておったのでした。
08:33セイベイジッチャ。
08:38オラジッチャが見ている椿の木じゃよ。
08:42いい炭が焼けたようだね。
08:45オラいつもここから見てるのじゃよ。
08:48ジッチャが一生懸命に野良仕事の道具を打つところ。
08:54それでなんとか手助けができないものかと思って、オラの枝を分けてやったのじゃ。
09:01これからもいい炭を焼いてくれよ。セイベイジッチャ。
09:06な、なんと、あの小僧はこの椿のせいだったのか。
09:23オラの困っている様子を見て、椿の枝を分けてくれたのか。
09:29ああ、ありがたい、こっちゃ。
09:36それからのセイベイジッチャのうつ、スキ、クワ、カマは、固くて強く、どんな固い土でも打ち砕いたので、
09:48田んぼや畑の土は柔らかくなり、作物はよく取れるようになったので、村人たちは大喜びだったそうです。
09:59その後、この話を聞いた村人たちは、セイベイジッチャのすぎ焼き小屋を小僧さんが舞いを洗われたので、小僧窯と呼び、また椿の枝を与えてくれた椿の子木を大切にお祭りしたということです。
10:20今でも広瀬のふべの山奥、椿原には、この椿の子木が祀られておって、春になると白くて大きな一重の花を、枝いっぱいに咲かせるということです。
10:39ご視聴ありがとうございました。